「キッチリの共有」よりも「だらしなさの共有」を!

先日、佐々木希さんと渡部建さんが結婚したときに、「のんちゃん」「わっくん」と呼びあっていることが話題になりました。

そちらに対して壇蜜さんがサンデージャポンで、以下のコメントをしてそちらも話題になりました。

「これ、私日々感じていることなんですけど、だらしないあだ名で呼び合うと、愛が深まります。(わっくん、のんちゃんは)ちょっとだけだらしない」

このコメントを見たときになるほどなぁ、とつい思ってしまいました。

呼び方、というよりも「だらしなさの共有」という点において。

婚活中は「キッチリの共有」を求めがち

私はダウンタウンの松ちゃんが昔から好きなのですが、独身時代によくテレビで言っていたのが「何かをこぼしたときにティッシュをバッバッバッと、たくさんとる不経済な女が嫌い」「パンツの畳み方も決まっている」「クローゼットの扉がちょっと空いているのも嫌」などでした。

ご自身のことを「キッチリしい」と表現していました。

そんな松ちゃんに島田紳助が「おまえは外人と結婚したらええ。そしたら国が違うからと許せる」「味噌汁の味が違っても、外国育ちやもんな、で済む」という主旨のことを言っていました。

実際にちょっとその通りになったわけで島田紳助の先見の明はすごいとしか言えません。

※奥様は、東京都出身の在日韓国人(父は在日二世/母は韓国人)

 

これって、言い方変えると、自分ならしないことを相手がしても、外国人なら仕方ないと受け入れられるということです。

考えてみたら「うちの嫁さんは結構いろいろ適当だから困るよ」と言いつつも「まぁおれも人のこと言えないけど」と付け加えて結局は相手のだらしなさ、至らなさを理解しあえているご夫婦って仲が良いです。

松ちゃんの場合はそれが無理な人だから外国人を勧められたわけで

または、松本伊代、ヒロミ夫妻のように「朝起きたら全部の棚と炊飯器まで空いている」と言いつつも「ママかわいいね」と完全に一方が受け入れているケースもあります。

これも素敵で仲良し夫婦が多そうです。

詰まるところ「だらしなさの共有」って大事だなぁと思ったわけです。

しかし、

婚活中って「キッチリの共有」を求めます。

女友達の実話「シーツはピンと張る」

私の女友達が彼氏と旅行に行きました。

旅行後、しばらく経過したある日、彼氏から実は、寝るときにシーツをピンと張るか見ていた」と打ち明けられたそうです。

女友達はシーツをピンと張るのが好きだそうで、彼氏の御眼鏡に適ったわけです。

「おれたちうまくやってけそうだね」

に着地しました。

多分、ほとんどの人がこのホッとした感じ、共有できて嬉しい感じはわかるんじゃないでしょうか。

嬉しいですよね。「キッチリの共有」って。

それ自体が悪いわけではもちろんないですが、こういうキッチリの共有」って後々かなりきついと思うんですよ。

  • 「もっとしっかりしている人だと思ったのに」
  • 「もっと頼れる人だと思っていたのに」

と、がっかりしていく可能性がすごく高いわけです。

キッチリの共有が美徳だったわけですから。

シーツがピン!のカップルも結局別れてしまいました。

だらしなさを共有できたら最強!

最初から「うちの人、だらしないのよー。私も人のこと言えないから気楽で良いけど」という夫婦の方がラクだと思うんですね。

いちいち、ケンカにもならないですし、相手に失望することもありませんから。

むしろたまたまキッチリとパンツを畳んでしまっていた日があろうものなら「これアナタがやってくれたの?すごーーい!きれーー!うれしーー!」となるわけです。

当然「好きな人ならだらしなさも許せちゃうけど、最初からは無理」なものですが、最初の時点から「この人とならだらしなさを共有できる!」と思える人を選ぶことって大事だと思うんですね。

自分と同じくらいキッチリしている人を選ぶよりも。

まとめ

「キッチリの共有」より「だらしなさの共有」を!

 

その第一歩として、だらしない呼び方で呼び合うのはとても素敵だと思います!

 

 

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